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高松高等裁判所 昭和30年(う)279号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人武田博の控訴趣意は別紙に記載の通りである。

一、控訴趣意第一点について、

所論は先ず原判決判示第二につき、畑野千代野の受傷の原因となつた山口茂の転倒は、被告人が山口茂に暴行を加えた結果であるか否か断定し難い、即ち山口茂は酒酔のため足もとの安定を失い自ら転倒し畑野千代野に倒れかかつた疑があり、原審取調べにかかる証拠のみによりては未だ判示事実を肯認することはできないのにもかかわらず敢てその認定をしたのは審理不尽の結果事実誤認を招来したものであるというのである。

しかし記録を精査して原審が取調べた証拠を検討するに、山口茂が当時相当酒に酔つていた事実は明らかであるけれども、原判決の挙示する証拠により被告人が山口茂の襟首を掴んで突いたため同人は後側に居た畑野千代野に倒れかかり両名が相共に重なるように転倒するに至つた事実を認むるに十分であり、当審における証拠調の結果によるも一層これを明確に認め得るところであつて、所論のように被告人の暴行と無関係に茂が酒の酔のため自ら転倒したとの疑はなく、原判決にはこの点において審理不尽に基く事実誤認はない。

次に所論は被告人は当時畑野千代野に対し暴行又は傷害を加える意思は毛頭なかつたばかりでなく、山口茂に暴行を加えるならば同人が千代野に倒れかかることも予見せず、又予見し得ない状況にあつたのにかもかわらず、被告人に千代野の受傷に対し傷害罪の成立を認めたのは失当であるというのである。

被告人は千代野に対し暴行又は傷害を加える積極的の意図のなかつたことは所論の通りである。しかし原審証人山口茂及び同畑野千代野の供述により千代野は夫茂に接近して直ぐその後に立つていたのにもかかわらず、被告人は茂を千代野の方に向け突いたため、茂が千代野に倒れ掛り両名が相重なるように転倒するに至つたことが極めて明瞭であるし、前記の如く茂が酒に酔つていたので茂を突けば茂が足もとの安定を失い千代野に当ることは勿論場合によつては千代野に倒れかかることのあり得べきことは十分予見し得るところであり、又予見したものと認められる。従つて茂を突いても茂が千代野に当り倒れかかることのあり得べきことを予見せず又予見し得ない状況にあつたとの弁解は採ることはできない。

しかのみならず仮りに被告人に、茂に暴行を加えることによりその打撃が千代野にも及ぶという認識がなかつたような場合であつても、苟もかかる状況下において人に暴行を加える意思の下に暴行を加え人を負傷せしめた以上は、その傷害の結果発生がたとえ犯人の目的とした人と異るしかも予期しない人の上に生じたときでも、その間に相当因果関係の認め得られる限りその結果につき当然故意犯としての責任を負担しなければならないのである。そしてこの場合その傷害が発生するに至つた過程が、犯人の下した手が犯人の目的とする客体以外のものに当つたとか目的とするものと予期しないものとの双方に当つたという場合に限らず、甲を突こうとして手を下し甲を突いため甲が犯人の予期しない乙に当つて乙が転倒し乙に傷害の結果が発生したという場合においても結論を異にすべき理由がないから、被告人が茂を突くことにより茂が側に居た千代野に当り千代野が茂と共に転倒し傷害を受けた以上、千代野に対する傷害罪が成立するものと言わなければならないのである。従つてこのような場合を想定しても千代野の受傷に対し過失傷害罪をもつて論ずべきものではなく論旨は理由がない。

一、控訴趣意第二点について、

論旨は仮りに原判示第二事実について被告人に責任があるとしても原判決の量刑は重きに失するというのである。

本件犯行の動機は山口茂が他人の前で被告人を馬鹿がと罵つたので被告人がこれに憤慨したことに基くこと、千代野が長期歩行困難を来すようになつたのは予て治療を受けていたことがある神経痛も共に影響したものと推察されること等は孰れも所論の通りである。しかしこれ等の事実は原審が既に科刑に当り考慮済みのものと思料されるし、記録に現われた一切の情状を斟酌しても原審が被告人を罰金五千円に処したことをもつて重きに失すると言うことはできない。

よつて本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条、第百八十一条第一項但書により主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 渡辺進)

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